2012年4月30日月曜日

崩壊するエネルギー基盤、世界はその先に何を見るのか - シフトム


人は自然の恵みで生かされています。今は石油文明、その石油生産がピークにあります。いわゆる石油ピークですが、それは食糧の生産ピークを意味します。そして運輸、合成材料なども殆どすべては石油依存ですから、石油ピークは文明ピークなのです。その石油が減耗しています。石油減耗ですが、私たちの社会はどう変化するのか、それが本論の主題です。

そこに3・11です。地震、津浪だけでも大変な国難なの福島原発の大災害が重なりました。その危機は今も進行中、広範囲な放射能汚染は被害地、岩手、宮城、福島の東北3県に留まりません。

人間への健康被害、特に幼児、女性の未来が心配です。農業、漁業、そして自然の生態系、あらゆる放射性被害が懸念されます。その影響は数十年と長く、子孫へ引き継� ��れます。原発廃炉そのものも数十年もかかるようです。

原発安全神話は原子力ムラといわれる人々、政官財の権益構造によってが培養されたとされ、知識人、大学もそれに協力したようです。

3・11後、その構造が次第に明るみに出始めました。とくに第三のメディア、ネットがその暴露に貢献しているようです。
日本は3・11によって、全く変わりました、でもその方向性は未だ定まりません。そのためには国の、社会の基本理念は必要です、それを考えるのが本論です。

1.石油減耗時代、新しい価値観が問われている
 連日、経済成長、浮揚が話題です。もっと財政支出を、産業・雇用対策を政府は考えよ、との大合唱です。しかしすでに日本は世界最大の借金大国、20年間の日本病は益々重体、そこに東日本大震災です、更なる要求、不満が政府にぶつけられます。

それは可能なのでしょうか、無いものねだりではないでしょうか。何か根本、思考の原点を変えなければならないのではないでしょうか。石油文明を支える「安く豊かな石油」が限界なのです。

1972年のローマクラブの「成長の限界」が現実になっている、と考えます。当時、エコノミストが「限界」を嫌って一斉攻撃し葬ったのですが、それを助けたのがテクノロジスト、技術至上主義でした。成長願望は原発崩壊後も変わらないようです。

「地球は有限、資源にも限りが」、何故理解されなかったか
世界の油田発見ピークは遥か昔の1964年頃でした。そして石油の生産量ピークは2005年、その後は景気の変動とともにプラトーとなっていますが、いずれ原理的な石油減耗時代がくるのでしょう。



日本は無資源国と言われますが、昔は金や銀、石炭など豊富でした。けれど採り尽くしてしまった。それがいま地球規模でおこっているのです。でも認めようとしません。

例えば新しい車社会の試みとして、電気自動車が話題ですが、その電池に使われるリチウム資源は南米の塩湖で採れますが、それも自然の蒸発で濃縮された資源です。勿論有限で、環境汚染が激しいのです。

このようなことは日本で話題にしません。そして原子力発電に使われるウランも濃縮されたもの、当然有限です。そこで海水ウランという人が、業界トップにすらいます。エネルギー収支比、EPRがわかっていないのですね。

在来型と非在来型のエネルギーのちがい、本物とそうでないもの、それはEPRで判断するしかないのです。日本では近海に天然ガス資源としてメタンハイドレート豊富と、いろいろな幻想が報道されますが、濃集されていない海底面下の地層中に分散した水和物で、ガス油のように自噴する� �けではないのです。そのほか様々な新エネルギーもEPRで見直さないと無限の税の浪費となります。

石油減耗時代はもう来ている
繰り返します、「安くて豊かな石油」が現代の大量生産型の工業文明を支えました。グローバリゼーションのための船の運賃は非常に安く、そのおかげで中国なども鉄鉱石を南米から輸入し鉄を造って輸出する経済が成り立っています。日本も食料の多くを海外から安く輸入できました。

しかし石油減耗で飛行機、クルマ、船など、内燃機関に石油を使う現代の運輸システムは衰退するでしょう。これはグローバリゼーションの終わりを意味します。

流体燃料が支えたグローバリゼーションが衰退すると、食料が安く輸入できないばかりでなく、肥料やトラクター燃料、農薬などに影響がでます。食料生産は低下します。今は食料1キロカロリーを生産するのに、石油を10キロカロリー使っていますから現代の人間は石油を食べて いるようなものです。

いま世界中で富裕層に富が集まっており、大きな格差社会ができています。石油をベースの経済成長主義は、社会に大きな歪みをもたらしました。日本では年間3万人もの自殺者が出ています、若い人は大学を卒業しても就職できません。地方や一次産業は疲弊し、人々のつながりが希薄となり、心が貧しくなっています。

石油ピーク後はこうした効率優先社会は成り立たなくなりますから、むしろ地産地消型で食料生産にも人手がかかるので、雇用が増えます。風車や小型の水車などは地場産業向き大工さんが造れます。地方で中小企業、産業を育って行くでしょう。そういう視点から見直すと何をすべきか見えてきます。

政治家や大企業のトップ、高級官僚は今の状態を変革しようと思っていない� ��彼らは今がハッピーで「幸福ピーク」なのです。でもお金持ちでない庶民、とくに若い人は上の人の考えをクールに見ている。政府や企業が煽る、浪費のかけ声に踊りません。直感的に無駄をしてはいけない、無駄の先に未来はないと思っているようです。「もったいない」が分かっているのでしょう。

2008年、リーマンショックの前、トヨタ技術会で、石油ピークについて講演しました。、1000名を超える人が集まりました。その事前打ち合わせで何回か会った若いトヨタ社員は、自分が50~60歳になった時、今のトヨタがこのままでないと直感していました。

一般の国民もクールに見ています。この意味では日本国民の意識は世界の最先端なのかもしれません。石油ピークは文明ピークです、社会の仕組みが大きく変わる� ��と肌で感じているのかもしれません。

2.石油ピーク、その資源減耗が日本で報じらない、どうしてか

日本は石油ピークの重大さを分かっていません。当たり前のように石油を使っているから、なんとかなるだろうと思っているのでしょうか。石油がどれほど貴重で優れたエネルギー源かが分かっていない、よく言われる喩え、「低く垂れ下がった林檎」はもう取り尽くした、のです。

石油は流体燃料です、内燃機関に欠かせません、プラスチック製品や、農薬、化学肥料、道路のアスファルトなどにもなる多目的資源です。余すところなく全部使える、しかも他の鉱物資源と違って自噴します。石油を「汲み取る」と言うのは大きな間違い、実際は地中から轟音と共に噴き出してくる物質です。このような資源は他にありません。

話題のカナダのオイルサンドは一種の鉱山です。アメリカで有名な、古い頁岩層にわずかに含ま� �るシェールガスは、水平ボーリンクで水、化学物質を圧入して割れ目をつくり天然ガスと生産しますが、その割れ目の保持に砂粒なども入れます。これは水圧破砕、通常のガス田と違って自噴はしないのです、そしていま環境被害が表面化しています。

そのようのものは非在来型といいますが、それも無限ではないのです。大事に子孫に出来るだけ残しておきたいものです。だから私は先ず脱浪費、もったいない、でと主張するのです。

石油開発で始まった人生、秋田の八橋油田から中東まで

私の専攻は地球物理学、地震や気象、海洋学など、地球を物理的に学ぶ学問です。大学卒業後、帝国石油に入社し秋田の八橋油田の探堀井で見習鉱夫として配属されました。そこで試油テストで櫓が揺れほどの勢いで石油が出るのを体験しました。地球の中にはこんな凄い資源があると感じたました。これは実際に体験しないとわからないでしょう。


その後、石油開発に16年。突然、東大工学部から助教授に招聘されましたが、円満退職2年かかり、38歳から教育、研究の生活です。

石油開発業界にいた頃、インドネシアに日本が進出しましたが、もう新しく油田を探す場所がほとんど無かったのです。

石油が噴出するのは、中東でも秋田でも最初は同じように凄いものです。しかし日本の油田は早く減耗しますが中東では何十年も続くのです。これは油層の厚さ広がりのスケールが違う、つまり資源量が全く違うからです。例えばサウジアラビアにあるガワール油田は地球最大で、その背斜構造は幅が30㎞、長さが200㎞もあるのです。

2012年4月28日土曜日

バイオエタノールを個人で作る方法を説明している日本語サイトを.. - 人力検索はてな


22pt

ご参考までにーーー

1番回答者の方が書いて見えるとおり、バイオエタノールの

作り方は、酒の造り方と同じです。

2012年4月27日金曜日

渡良瀬遊水地 - Wikipedia


渡良瀬遊水地
左岸所在地 栃木県栃木市・野木町・茨城県古河市
右岸所在地 群馬県邑楽郡板倉町・埼玉県加須市
位置
河川 利根川水系渡良瀬川
ダム湖 渡良瀬遊水地(谷中湖)
ダム諸元
ダム型式 固定堰・遊水池
堤高 - (6.5) m
堤頂長 9,200.0 (2,200.0) m
堤体積 18,000,000 (-) m³
流域面積 8,588.0 (-) km²
湛水面積 3,300 (450.0) ha
総貯水容量 170,680,000 (26,400,000) m³
有効貯水容量 170,680,000 (26,400,000) m³
利用目的 洪水調節・不特定利水・上水道
事業主体 国土交通省関東地方整備局
着工年/竣工年 1905年/1989年
備考 カッコ内は谷中湖の諸元
竣工年は全事業の完成年
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渡良瀬遊水地(わたらせゆうすいち)は、足尾鉱毒事件による鉱毒を沈殿させ無害化することを目的に渡良瀬川下流に作られた遊水池である。

渡良瀬川に思川と巴波川の2つの川が合流する地点の湿地帯全体が堤によって囲われ遊水池となっている。 足尾鉱毒事件の発生当時は、鉱毒対策が目的で設けられたのではなく、洪水防止が目的とされたが、1903年の政府の第二次鉱毒調査委員会が渡良瀬川下流部に遊水池を設置する案を提示したことを受けて造成されており、鉱毒対策目的であることは明白であった。

法令上は、国土交通省が管轄する河川の内部になっている。足尾鉱毒事件から100年近く経った現在では鉱毒は減少し、主に治水と利水のための地域になっている。ただし、減少したのは上流から新たに流れてくる鉱毒の量であって、遊水地の土壌には2010年現在でも銅などの鉱毒物質が多く含まれている。

遊水地の領域は、栃木県・群馬県・埼玉県・茨城県の4県にまたがるが、面積の多くが栃木県の栃木市に属し、残りの部分は栃木県小山市、栃木県下都賀郡野木町、茨城県古河市、埼玉県加須市、群馬県邑楽郡板倉町に属する。

内部の面積は約33km²である。ゴルフ場が造成されている場所があったり、ごく一部に旧建設省の許可を得て耕作が行われた場所があるが、建物はなく、若干の道路と橋のみがある。

最寄り駅は東武日光線柳生駅、新古河駅、板倉東洋大前駅および藤岡駅。

内部に第1調節池、第2調節池、第3調節池がある。渡良瀬川の西側が第1調節池である。第2調節池は巴波川の東で、第3調節池は渡良瀬川と巴波川の北側である。第1調節池はかつてお化け沼と呼ばれ、釣り人に親しまれたが、その後の造成により南側の一部がコンクリート張りの谷中湖になった。現在では、谷中湖を除く第1調節池の大部分と第2・第3調節池は増水時のみ貯水する構造で、平時から池としての実態があるのは谷中湖のみである。

2012年4月26日木曜日

トラック運転手って、なぜ世間体が悪いの? - Yahoo!知恵袋


ananancancancanさん

トラックの運転手や土木作業員は、頭を使わないので誰でも出来る仕事と昔の人はよく言います。
(実際は、頭を全く使わずに出来る仕事ではないと思いますが。 日雇労働者は除く)
運転手は免許が無くなれば、土木作業員は怪我や体を痛めたら(腰など)、仕事を続けることは出来ません。
免許の取り消しや腰を痛める事は、そう珍しい事でもないので
そのような珍しくない事でも職を簡単に失ってしまうのです。

2012年4月24日火曜日

第 一章 持続可能な生き方を求めて


第 一章 持続可能な生き方を求めて

第 1章 持続可能な生き方を求めて
−現状の紹介を中心に−


持続可能という言葉は比較的目新しいと思うが、英語のsustainableに対 応させて用いており、一言でいえば、太陽がある 限り、そのエネルギーに 依存して、豊かな人間生活が出来るような住まい方を追求しようとするものである。このプロジェクトを決意したのは、丁度、1990年 の元旦の計としてであった。公害問題(公害といっていた頃は、まだことは局所的だったが、今や地球規模になってしまった)にも、しばしばかかわっていたの で、ひどくなって行くばかりの環境を見ながら、何故、世の中はこんなにもそれに無関心でいられるのか。何とか具体的な方法を見いだすべく行動せねばならな いと思い始めた。10年を目標にはしたが、まだ完成したわけではなく、持続可能な生活のめどが立った現時点で、15年間の記録として報告したい。しかし、 やりたいことがますます増えて、私一人の手に負えず、多くの人達の協力が必要となり、そのお願いをしたいというのも正直なところである。

私の歳になると、何と言っても強い関心は死後の世界である。一体どの様な世界が待っているのだろうか。何と も言えない不安感があるが、少なくとも、現世 との連続線上にあると思えば恐怖の対象ではなく、むしろどんな所に行けるのだろうかと興味の対象にさえなる。この死後の世界の議論は過去何年も行われ、こ れからも計り知れない時間の中で行われることであろう。そのために、神は偉大なエネルギーの源である太陽と、我々を抱擁する地球、さらには宇宙を与えてく れたに違いない。
何時終わるとも知れないが、人間の最後のこの課題を解くべく、太陽の存在する限り、その思考を繰り返せるこの地球、その環境は是 が非でも守って行かねば ならない。私は、持続可能なライフスタイルの確立を、より広義にとらえて、この様に位置づけている。従って、そこでは太陽エネルギーが唯一、依存できるエ ネルギーであり、それで現在使われている全エネルギーを賄うのに十分であるということ−人類の使っている全エネルギー量は地球に降り 注ぐ太陽 エネルギーの1/15,000といわれる−も知っておかねばならない。言い換えれば、太陽がある限り、我々は存続できるし、最後の課 題を目指 し、それを解くべく協力し合って行くことが出来るのである。
宗教論争を挑むわけではないが、かつての偉大なる宗教者達が築き上げてきた哲学は、今度はそれぞれの個人が求め、各人のもつ創造 性が全て集められ、人類 (あるいは自然)全体で協力し合うことによって、初めてこの最後の課題の答えが得られるのではなかろうか。その意味で信じることを強要するのではなくて、 個人の創造性をかつての偉大な宗教者達が見出したように、深く考える方向から議論を進めるべきであり、そして、それが個人主義−決し て利己主義ではない−としての根底をなすべきであると思っている。
地球は何れ消滅する。太陽のエネルギーが消滅したときに。そしてその時が地球上の生き物の最後である。その時、我々の魂は何処に 行くのだろうか。それは 新しい世界を求めての新しい出発である。その時には、宇宙をさまようのではなく、しっかりとした目標を構築しておきたいものである。この最後の課題は、そ の出発への準備をしていることにもなる。
地球が消滅した時点で、全てが無になると言う考えは、あたかも、カビが有機物に発生し、その有機物のエネルギーを食いつぶして無 くなるのに似ている。人間 はもっと高次な存在の筈だし、それでなければ、生きて行く楽しさも意味もない。
歓喜は神からのインパルスと言われる。次の世界では味わえないであろう肉体と共存するこの世界でのみ得られる歓びである。恋愛も 芸術も音楽も文学も研究 も、全て肉体と共にある。だから限りを尽くしてその歓喜を求め、精神を高めて、次の世界での良い出発とせねばならない。しかし、それは持続可能な生活が確 立されたときにのみ、許され与えられることである。
以下本文で述べることは、多くが工学的−といっても日常的な常識の上に成り立っている& minus;である。従って、ここで 持続可能の意味を述べて、共通基盤の上に立って共に議論を進めたいわけである。

もう一点強調しておきたいことは、これまでの工学はたやすく得られるエネルギーの上に立ち、それを大量に使 いながら築き上げられてきた。しかも多くの環 境汚染を残して。従って、このエネルギーがなくなると(40年で無くなるとも言われている)その多くは意味をなくしてしまうであろう。その意味でも我々は 何年も前に帰り、太陽のエネルギーに依存する持続可能な生き方を求めるための科学を、改めて構築し始めねばならない。すなわち、一度昔に帰って、そこから ポイントを切り替えるのである。この忘れられてきた新しい目標を目指す科学、それを作り上げて行かねばならない。
本文で指摘するように、持続可能を目指す時、身近なところで、さらに科学を必要とする領域が、多く潜んでいることに気付くであろ う。私は元来音響学者で ある。少し建築学、殊に、建築環境工学に足を踏み入れていた程度で、むしろ愚鈍な一人の人間である。その科学的知識の浅さには、失笑を買うところが多々あ ろうが、新しく向かうべき方向があるということを、強調したい故の執筆である。
さらに現実的な側面から説明すれば、自分のために働く−一定の労働さえすれば、自然が多くを助けてくれる −ので あり、他人のためにではない。従って、各人が自由になり、あらゆる権力から解放され、個を確立することが出来る。
これは劇的な生活環境の変化をもたらすが、革命ではない。なぜならそれは権力を意識した言葉であるからである。持続可能のライフ スタイルは、はじめから権 力機構における葛藤のためではなく、自己変革のためにあるからである。

持続可能とは、物理的には太陽のエネルギーが枯渇するまで生きる方法を見いだすことである。そのためには、 自然のエネルギーをもとに、地球を汚すことな く、自然農法に基づく自給自足で質素に生きて行かねばならない。社会組織も奉仕の精神に基づくLowHierarchyによるものでなければならない。そ うすれば、権力を争う戦争は自ずとなくす事が出来よう。
さらに広義にいえば、人間が個として自然の中で生活する場を確立し、そこで創造的な生活を送ることである。その創造性は死後の生 活にも継続されるものであ り、そこへの連続性を見いだす精神活動を発展させねばならない。そうすれば、太陽エネルギーが枯渇しても、さらなる次の空間へと進展してゆけよう。


実際地球環境は非常に悪くなっている。幾多の消滅してしまった存在は勿論、温室効 果、以前と異なって変動する毎年の気候、毒性の ある物質の氾濫等など。 こんな現在の様子をすでに150年も前にはっきりと言いきった人がいる。アメリカインデアンの酋長Seattleは、1854年、彼の種族の土地を売って くれ、という時の大統領の要請に応えて、返事を書いている(著者拙訳)。

"この地球は貴重である"

どの様にして、空や、土地の温もりを売ったり買ったりできるのだろうか。その考え方は、我々にとって不可思 議だ。

「全てが神聖である」
地球のどの部分も我民にとっては神聖である。光輝く松の葉、砂浜、暗い森の中のもや、飛び交い、ぶんぶん言っている昆虫、全ての それらは、我が民の記憶と 経験の中にあって神聖なものなのだ。木の中を流れる樹液はインディアン達の思い出を運ぶ。
白人の死者は、星の世界に行ったとき、その生まれた国を忘れてしまう。我々の死者は、決してこの美しい地球を忘れない、なぜなら 地球は我々の母だからだ。
我々は地球の一部であり、地球も我々の一部なのだ。
香り高い花は、我々の姉妹であり、鹿や馬、大きな鷹、それらは我々の兄弟なのだ。
岩っぽい山頂、牧場のつゆ、小馬の温もり、そして人間−それら全て同じ家族に属している。

「簡単じゃない」
だからワシントンの大酋長(大統領)が、我々の土地を買いたい、と手紙を寄せたとき、何と過大なことを我々に要求してくるのかと 思った。大酋長は、我々を 一つ所に保護して、我々自身が快適に住めるようにしてやろうという。
彼は我々の父になり、我々は彼の子供になる。だから、我々の土地を買いたい、という彼の申し入れを考えてみなければならない。
しかし、これはたやすいことではない。というのはこの土地は我々にとって神聖だからである。
全てのせせらぎや川を流れる光輝く水は、ただの水ではなく、我々の先祖の血なのである。
もし、我々があなたに土地を売るときは、これは神聖なものだということを忘れないでほしい。そして、あなたの子供たちにも、この 土地は神聖で、湖の清水に 影のように写るどの反射も、我が民の生活の出来事と思い出を話しているのだと教えてほしい。
水のつぶやきは、私の親父のそのまた親父の声なのだ。

「親切さ」
川は我々の兄弟であり、喉の渇きを潤してくれる。川は我々のカヌーを運び、我々の子供を育ててくれる。もし、我々があなたに我々 の土地を売るとすれば、 川は我々の兄弟であり、あなたのものであるということを、覚えておかなければならないし、あなたの子供に教えなければなりません、そして、これからは、あ なたがどの兄弟にも与える親切を、川にも与えてやらねばなりません。
白人は、我々のやり方が理解できないことを、我々は知っている。土地の一区分は、彼にとって次の区分と同じなのだ、というのも、 彼は夜やってくる他人者 で、彼の必要とするものは何でもこの土地からとってゆく。
この地球は彼には兄弟ではなく、彼の敵なのだ、そして彼がその土地を征服すると、また移動し続ける。
白人は、彼のお父さんの墓を背後におきさり、気にも留めない。彼は、地球を子供たちから人質に取り上げ、そして気にも留めない。
彼の父親の墓や、子供の生まれてくる権利を忘れてしまっている。彼は彼の母である地球を、また、兄弟である空を、羊やきれいな ビーダマを買ったり、盗んだ り、売ったりするものであるかのように扱う。
彼の食欲はこの地球をむさぼり食ってしまうだろう、そして、後には砂漠だけを残して行く。
私には解らない。我々のやり方は、あなた方のやり方とは異なっている。
あなたがたの町の光景は、我々の目を痛めつける。しかし、おそらくそれは我々が野蛮人で、理解できない故であろう。白人の町には 静かな場所がどこにもな い。春、木の芽がぽんと開くときの音を聞いたり、昆虫のはねが擦り合う音が聴こえる場所はどこにもない。
しかし、おそらくこれは私が野蛮人で、理解できないからであろう。
がちゃがちゃという音のみが耳を傷つけるように思える。そして、もし人間が夜鷹の寂しげな鳴き声や、夜、池の周りの蛙たちの議論 が聞こえなくなれば、暮し にとって一体何があるというのだろう。私はインディアンで、理解することができない。
インディアンは、池の表面をわたる風の柔らかい音や、日中の雨で洗われた風、あるいはピニョン松の匂いのする風そのものの匂いが 好きだ。

「貴重なもの」
空気はインディアンにとって貴重なものである、というのは全てのものが同じ呼気を共有しているからだ−獣、 木、人、みんなが同じ呼気 を分けあっている。
白人は、彼の吸っている空気のことに、気を留めていないようだ。何日間も死んだ人間のような、嫌な臭いに無感覚だ。しかし、も し、我々があなたに我々の 土地を売るならば、あなたは、空気は我々にとって貴重なものであり、空気はその精神を支える全ての生き物と分かちあっていることを覚えていなければならな い。私たちのおじいさんに、最初の呼吸を与えた風は、彼の最後のため息も受け止めてくれる。
そして、もし、私たちがあなたに我々の土地を売るならば、白人ですら、牧場の花でよい香りになった風を、味わいに行けるような場 所として、それを別に離し て神聖に保っておかねばならない。

「一つの条件」
それでは、我々の土地を買いたい、というあなたの申し入れを、受け入れる決意をするかどうか考えてみましょう。私は一つの条件を 出しましょう。白人は、こ の土地の野獣たちを、彼の兄弟として扱わねばなりません。
私は野蛮人なので、そのほかのやり方が解かりません。
私は、かつて、走り行く列車から撃った白人の残した、幾千もの死んで行くバッファローを、大草原に見たことがあります。私は野蛮 人なので、どうして煙を吐 く鉄の馬が、我々が生きて行くためだけに殺すバッファローより大切なのか理解できません。
野獣なしでの人間とは、一体何なのでしょうか。もし、全ての野獣がいなくなったとすれば、人間は心の寂しさが募って、死ぬのでは ないでしょうか。
野獣たちに起こることは、すぐ人間にも起こります。全てのものは結ばれているのです。

「なきがら」
あなた方は、あなたたちの子供に、足元の大地はあなた方のおじいさんのなきがらであることを、教えなければなりません。そうする と、彼らは大地を敬うで しょう。あなた方の子供に、地球は我々の血縁の命で満ち満ちていることを教えてください。
あなた方の子供にも、我々が我々の子供に教えてきたこと、地球は我々の母であることを教えてください。
なんであれ、地球に良くないことが起これば、地球の子孫にも起こる、人が大地に唾を吐けば、彼ら自身に唾を吐いていることにな る。
このことははっきりしている。地球は人に属すのではなく、人が地球に属しているのだ。このことはよく分かっている。
全ての物事は、一つの家庭を結び付ける血のように結ばれている。全ては結ばれているのだ。
地球に良くないことが起これば、すべて地球の子孫にも起こる。人は生活の蜘蛛の巣を織りはしなかった、人は蜘蛛の巣の中の一本の より糸でしかないのだ。人 がこの蜘蛛の巣に何かをすれば、人自身にも何かが起こる。
白人の神が、白人に友達から友達のように歩み寄り話しかける、そのような神を持つ白人でさえ、共通した運命からは逃れられない。
我々は結局兄弟なのだ。
見てみましょう(きっと解るでしょう)。
私たちは一つのことを知っている、それは白人も、ある日見いだすであろうが、我々の神は同じ神なのだ。
あなたたちは、現在あなたの神を、私たちの土地を所有したく思うように、所有しているでしょう、しかし、それはできません。彼は 人の神であり、彼の哀れみ はインディアンにも白人にも同等だからです。
神にとってもこの地球は貴重なものです。そして地球を傷つけることは、その創造者に侮辱を重ねて行くことになります。
白人全てが消滅せざるを得ません。おそらく、他の全ての種族よりも早く。あなたの寝所を汚してみなさい、そうすれば、ある夜、あ なたは自分のごみで窒息 するでしょう。しかし、あなたをこの土地につれてきて、何か特別な目的のために、この地やインディアンを支配させた神の強さに照らされて、あなたの滅亡の 時には明るく輝くことでしょう。
この運命は我々にとって一つの計り知れないものです。と言うのは、いつバッファローが殺され、野性馬が家畜化され、森の神聖な コーナーが人間の重苦しい臭 いに満ち、実り豊かな丘の景観が電話線でしみをつけられるのかが、解らないからです。
あのしげみは何処にあるのか? なくなってしまった。
あの鷹は何処にいるのか? いなくなってしまった。
生きることの終わりであり、生き残ることの始まりである。

彼は、すでに現状をあの当時から看破しており、「生きる」時代ではなく、「生き残る」時代になったと結んで いる。食品添加物に気を使い、水道の水にも フィルターを付け、生き延びようとしている様子は、まさにその通りだ。学生達には毎年講義のはじめにこの手紙を読ませ、60歳で辞職するまで、それを続け た。その時には左手にミネラルウオーター、背中に新鮮空気のボンベを背負って過ごす毎日が待っているとも言った。
不思議なものだ。いもの茎を食べながら幼児期を切り抜け、激しい高度成長を経験し、今やこの物質文明の真只中にありながら、今を 幸せと思えず、昔の環境 が懐かしいのは一体どういうわけだろうか。トンボやキリギリスを追いかけた野原の草の匂い、浜辺で魚釣りや水泳を楽しんだきれいな海、あの時代に、こよな く豊かさを感じるのはシアトル酋長だけではない。自然の説得力は偉大なものだ。キャンパスに大きなビルが建つにつれ、早く周りの木が大きくなってくれない かと願う気持ちも、これによく似ていると思う。夏はうちわ、良くて扇風機、冬は厚着をして火鉢にあたるのが普通の生活であった。盆踊りから帰ってきた後、 井戸からあげた冷えたすいかを食べ、蚊帳をかき分けて夜の冷気のもとで熟睡し、日中の疲れをとる。未だにほのかな思い出をかもし出してくれる。しかし、誰 がこれを奪ってしまったのであろうか。どうしてこんなにも変わってしまったのだろうか。シアトル酋長の言うように、我々には、誰が、何処で、どの様にこう してしまったのかが全く解らなくなっている。

シアトル酋長は、人間の造り出そうとする物質文明やテクノロジを、既にあの当時から強く批判し、それらによ る今日の公害と地球の汚染を予測している。素 晴らしい洞察力である。自然と共に生きる人達のみが感じ得る、テクノロジへの危惧であった。自然との接点を持ち、それを感じられる人のみによって、初めて 地球は守り得るのであろうか。
さて、わが国における建築学は、これまで一体どの様に社会に貢献してきたのだろうか。高層ビルは一見華やかな様子を見せるが、一 方各人の住む住宅はどう であろうか。筆者は多くの国を旅したが、日本ほど貧困な住宅事情は他に類を見ない。安価に作り、貧困なデザイン、劣悪な施工。その中に電気器具、空調シス テムをいれ、一見豊かそうに見えても、緑もなく、空間自体は貧困そのものである。その豊かさも、化石エネルギーの消滅で貧民窟と化すであろう。また高層ビ ルの中では、殆どは"新建材"に囲まれ、空調システムやエレベータ等、エネルギー消費を前提にした設計だから、 安価な化石エネル ギーの消滅で、一定以上の階は廃虚と化そう。狭いとは言え、国土のたった4%に押し込められ、安易な利便性のみを求めすぎた結果である。
建物はどれもこれもが似たような"新建材"と称する材料を使用する。安く、1つでも特 徴を出せれば簡単に市場を 占有でき、有害 で、地球と馴染まなくても、北は北海道から沖縄まで、一斉に使い出す。1990年11月ニュージーランドで" EarthBuilding(土 の建築)"に関する小規模な国際会議があった。アドベ(adobe)という日干し煉瓦や、土の建築にご執心な、いや、少し狂信的な面 々を主と した熱心な自然を愛する人々の集まりであった。地球に優しい建築材料は何かと云うのも大きなテーマであった。"新建材"が 健康に悪いことも詳しく述べられた。エクアドル、トルコ、ニュージーランド等のアドベ建築の地震による被害等も報告された。環境計画の話をするつもりで あったが、「日本の土壁について」を是非にと言う依頼に、にわか勉強し、木舞によって度重なる地震に耐えてきた歴史的事実、土壁に空気層を介して得られる 断熱性と、本来持つ熱容量とで素晴らしい建築素材になることなどを述べた。さらに、熱帯、寒冷地に共通して使われている草葺屋根も紹介した。今一度、日本 古来の壁や屋根に限らず、ヴァナキュラな建築、すなわち、各地に育った素材や施工法を、近代的な解析を通して見直してみるべきであろう。地球に優しい建築 材料とは何かを"さがす"(日本建築学会建築雑誌編集委員会から与えられたテーマであり、Vol.106, No.1313,1991年5月号参照)必要がある。以下その時の原稿を一部修正して再録しておく。
都市内のエネルギー消費量と、気温上昇の相関は実に明白である。ことに大阪のそれは排熱とコンクリートへの蓄熱でヒートアイラン ドをつくっている。子供 の頃、夏、地下鉄に乗る時には、涼しい所に行けると思ったが、現在はどうだろう。駅に空調機を入れガンガンまわしているのはこれを物語っていよう。工場、 自動車、電車、飛行機、オフィスビルそして家庭生活、一体これらがどのような比率でエネルギーを消費しているのかは定かではないが、家庭生活によるものも 決して少なくはないであろう。建築環境工学がこの領域で果たすべき役割が大きくなったと思う。
3次元空間の音の場、熱の場、光の場が解けてきたのは、有益でありがたいことだ。これらの物理量に対して、設計計画と直結する評 価関数を見つけて行かな ければならない。我々は、これらの異質な環境要因に対して、不快性尺度を共通な尺度として与え、それらを総合的に評価する手法を提案(第5章 付録参照)しているが、それによると、温熱環境が、ことに夏季には、傑出して室内環境に影響することが示された。そこで、自然環境と整合する方法で、快適 な熱環境はできないものであろうか、と考え始めたわけである。すなわち、夏、暑ければ暑いほど涼しく、冬、寒ければ寒いほど暖かいという、都合のよい関係 を見いだせないであろうか。
ここに、我々が"さがそう"としているのは、地中熱を基準にそのような環境を具現する 試みである。周知のごと く、普通の熱伝導 率をもつ地面では、約8メータ掘り下げると地上の空気の年間平均温度(恒温層)を示す。これをくみ上げることができれば、夏涼しく、冬暖かいわけである。 夏、太陽収熱によって浮力をつくり、化石エネルギを使わない、これを我々は行おうとするわけである。8メータは無理としても4メータ位にクールチューブを 埋め、地下室へ導くのはそう困難ではない。それを介して室内へ空気を取り込む。冬は風車発電や太陽収熱、堆肥の発酵熱などの希薄エネルギーをかき集め、地 中熱に上積みをする。現在、小規模な実験を基にした机上計算では、夏、外気温34度で室内26度、冬、外気温0度で室内12度 となった。これを実験住宅で試すわけである。この住宅では、屋根には草葺、茅葺、木肌葺の一つあるいはそれらを組み合わせて用い、土壁も西側の壁に用い て、収熱や浮力の補助に用いたい。さらには、雨水の利用、トイレ処理の仕方、木々の熱環境への寄与等も取り上げ、地球に自然に帰って行く建築材料を用いた 住宅を目指そうと、夢はふくらんでいる。
これらは学生を中心に、住宅を具体的に造って、さわって、その善し悪しを具体的に議論する設備にして行きたい。流し台の寸法、階 段の蹴上げ、踏面、手す りの高さなど資料集成が決めるものではない。施工法の研究、デザインの研究等も実際の住宅をさわってみて初めておこないえるのではないだろうか。
同様な議論は、過去日本でも数多くみられる。が、残念なことに、安価な化石エネルギーに基盤を置いた日本の現状は、このまま行き 着くところまで行かない と、この種の議論へ戻って、それを充実させ、育てていけないのが現実である。幸い、ニュ−ジーランドの多くの知己とは通じ合うものが あり、彼 の国からメッセージとして結果を持ち帰りたい。土地や物価が安いこと、国際交流に寄与が出来ること、時差の少ないこと等も、この地を選んだ理由である。
日本の地盤には育ちそうもない別の理由も考えてみる必要がある。どうも良い住宅(社会の最も基本単位である1家族を収容する1戸 建て住宅)を求める研 究、教育の場がなおざりにされ、それに向かった具体性は見あたらない。例えば、大学のカリキュラムを見ても、大量生産される建築材料を使った大規模な建築 のみを目指しているような感がある。その大きな原因は、現在の建築学科の講座構成が少し構造学に比重をかけすぎているからではないだろうか。オークランド 大学では、20人近いスタッフの内、構造学を専門にするのは1人に過ぎない。それも講義には模型を造って説明し、偏った理屈だけの教育ではない。環境工学 では音、熱、光に5名 揃えている。他は計画系である。わが国においては、構造学の研究の発展過程で種々の方法論や境界条件によって、分離を重ね、発展を遂げてきたのである が、現在一定の爛熟期にきていると思われ、構造学としてではなく、建築学に求められる構造学とは何かを考えてゆかねばならないと思う。構造学は建築計画の 一要因に過ぎないからである。けだし、建築学もここにきて改めて進むべき道を"さがさ"なければならないと思 う。
そして、もっと良いストックとなりうる住宅の設計計画に重きを移すべきだ。吉田首相は"住宅よりも工場を "、ド イツのアデナウ ア首相は"工場よりも住宅を"と、第2次大戦後の荒廃した世の中を勇気づけてきたという。数年に一度訪ねている 30年来のドイツ の友人の住居は、たえず私のより10年は進んでいた。今では私には土地が買えないから、これ以上比較することはできないが。
何れにしても、日本の建築学の将来が、地球の終わりを"さがす"ことにならないように したいものだ。

安易に得られて廉価な石油エネルギーは、貪欲な人間の標的となり、その大量使用は、地球温暖化は勿論、様々 な人間社会への弊害を作っている。そのどん欲 な経済行為は、再分解不可能な、有毒な化学物質、生産過程から排出される有毒な重金属、放射性廃棄物の蓄積、抗菌性の出来た病原菌、オゾン層の破壊物質な ど、様々な結果を作っている。その石油も40年もすれば枯渇すると言われている。そのいき着く先は、退廃と破壊であることは明白である。
雪が降れば雪囲い、日射が強ければよしず張り。少しの手間で長期間快適になる。快適性を求めることだけを考えてはならない。幅広 い季節の変化から、生きる ための免疫力を培っているということを忘れてはならない。そして、季節の楽しみを味わう喜びを忘れてはならない。
化石エネルギーが汚染のみを残して、枯渇することは明らかに分かっている。建設時の消費エネルギーが大きなビルを建て続け、その 後、そこでは毎日莫大な量 のエネルギーを使い続けている。そのことについて何等議論がまき起こらない。エネルギーの枯渇は、開発途上国が同様にエネルギーを使いだした現在、その日 は突然やってこよう。その時はきっと大きな混乱に落とし込まれよう。他人の責任に課そうと、口汚くののしり合う様子が想像できる。その時すでに失われた生 存への免疫力はさらに弱まり、人間の価値観はどんどん低落し、差別も益々強くなってこよう。
このような現状を許してしまう今の社会体制は、どの様に手を付けて改革して行くべきか、その手法は見あたらない。あまりにも他人 に依存し、利用しあう社 会を断ち切って、持続可能な生活様式を確立することから始めなければならないと私は思う。自分が、個人が初めて解放される、その様な原点が必要だ。誰かが 新しいエネルギーを見出してくれようと言う考えもあるが、退廃的思考の延長線上にあるにすぎない。同時に、それが実現しても現状と同じく、社会構造からの 大きな拘束を受けることに変わりはない。自然との接点がどれほど素晴らしかを思い起こし、そこからの再出発を原点にする必要がある。
その議論を 発展させてゆく過程では、定性的な議論ではなく数量で表して主張して説得して行かないと、経済力に押し流されて、不毛の議論になってしまおう。丁寧な測 定、分析をし、そのシミュレーションを行い、定量的議論をしっかりしておく。しかし、それらの結果はあくまでもシミュレーションであり、生活計画にあたっ ては十分それを認識したうえで、それを用いて豊かな自然と共存するべく計画する楽しみははかり知れない。

2012年4月23日月曜日

日本人が知らないニッポン


このコンテンツは、2010年2月に名古屋国際センターで開催された講演内容を編集したものです。

「日本人の知らないニッポン」 オープニングビデオ "UNION"  

THINKER "Union" from manon film worx on Vimeo.

「日本人が知らないニッポン」 −隠されてきた歴史から読み解く世界の成り立ち−

今回のテーマである「日本人が知らないニッポン」では、世界から見た近代・日本の歴史を振り返りながら、現在の世界の流れを読み解いていきます。

前回のイベント「新型インフルエンザ・ワクチンは打ってはいけない」同様、今回もこれまで慣れ親しんできた一般常識からかけ離れた内容や、テレビまたは新聞のニュースでは伝えられていない情報がたくさん含まれています。これまで一度も耳にしたことのない事柄や中にはとても信じられないような情報もあるでしょう。もし、そのような事柄に疑問をもたれたら、これを機会にご自分で一度調べてみるようお薦めいたします。いずれにせよ、このイベントから、世界を見る新しい視点を身につけていただけたら幸いに感じます。

それでは、本編に入っていきます。

2010年2月の時点で、最近日本の ニュースに出てくるものといえば、何でしょうか?

「普天間の米軍基地再編問題」「長引く不景気」「円高」「国家財政赤字」
「地球温暖化対策」また「JAL再建問題」など、問題が山積みです。

一方、世界に目を移してみても、よく耳にするのはアフガン・イラクにおける長引く
「対テロ戦争」「イランの核開発疑惑」「温暖化をはじめとする環境問題」
「波乱含みの今後の世界経済動向」など。

国内同様、世界にも問題は山積みです!問題の多さと複雑さゆえに、世界中のすべての問題が解決する日が来るのだろうか……と疑問に感じます。

専門家ですら解決できないこれらの問題、ましてや一般市民の私たちにできるわけがない。
到底、無理なことだと、考えることさえあきらめてしまいがちです。
「私たちには、所詮、関係ないと……」

でも本当にそうなのでしょうか?

たしかに、世界に起きている問題をひとつひとつ別々に見ていくと難しくみえます。
とても解決できないようにみえます。

また、日ごろのテレビのニュース番組を見ても、表面的なことばかりを専門家が難しそうに議論しているだけで、問題の「本当の根源」にふれることはありません。

そこで、今回は、あらゆる世界の問題の「本当の根源」を明らかにするために歴史を探ってみました。すると、大変驚いたことに「過去」「現在」そして「未来」までもが、一本の線で繋がり、とてもシンプルに掴むことができました。

そう、この言葉のとおり、まさに " 歴史の中に未来の秘密があった " のです!

歴史をさぐると言っても、学校で習う歴史や一般常識で耳にする歴史は、単なる「ひとつの説」
また「ひとつの見方」に過ぎません。しかし、歴史上の出来事にはいろいろな見方があります。

例をあげると、「明治維新」
一般には、幕末の侍が、倒幕側と幕府側の敵味方に分かれて戦い、最終的には手を結び、
近代化した今の日本の礎を作ったという美談。壮大なドラマになっています。

しかし、よく調べてみると、維新の背後には大勢の外国人や外国製武器の存在があります。
これら外国の存在なしに維新は起きなかった、といえます。

「明治維新」は、日本人だけで成し遂げたことでは、なかったのです!

どうやら、私たちには、自国の偉人を美化したい気持ちのあまり、自分自身のことが冷静に見えてないところが、あるようです。この時代を舞台にしたドラマが流行り、そのストーリーが真実であるとされがちですが、事実を大局的にとらえるには、あまりにも視野が狭いと感じます。

下の世界地図で見るとわかるとおり、現実に日本は世界の中ではこんな小さな国にすぎません。

世界の中ではこんな小さな島国の日本。私たちには、世界から日本を眺めてみる視点が必要です。そこでまず、世界のことをよくつかんで、それから日本を振り返っていくことにします。

世界の仕組みをしっかりと把握するために、何を元に探っていくかというと……

お金です。

お金は世界のすべてに関わっています。前述した「国内の不景気・円高・国家財政赤字・世界の経済不況」これらは、すべてお金の問題です。

また戦争にもお金が深く関係しています。戦争は一見すると、「政治・民族・宗教・国家間の問題」にみえますが、戦争を始めるには、大量の武器と兵隊を用意しなければなりませんから、大量のお金が必要です。

逆にお金がなければ、戦争をしたくても、戦争そのものが起こせません。

また一見無関係の環境問題でさえ、二酸化炭素排出権というお金の取引の問題です。これについては、また後ほど話します。

つまり、世界の問題はすべて、「お金」の問題なんですね。

そこでお金の流れから世界を探ってみます。すると複雑にみえる世界の諸問題の原因が、不思議なくらい簡単に浮かび上がってくるのです。

では、そもそも「お金」とは何でしょう?古くから、人々は生活に必要なモノを手に入れるための 「物々交換」には不便を感じていたようで、世界各地で、「価値を表す」ための様々な素材でできた「貨幣」を考案し、取引の際に用いてきました。

石でできたものから貝殻、金、銀、銅、また木製や陶器製のものまで作られていました。
中には刀の形をした刀銭というものまであったようです。

日本の歴史を振り返ってみても、「絹糸」「紙」「お米」「古代中国(明や宋)の銅貨」
「金の小判」や「銀の粒」など様々な素材の貨幣を流通させてきました。

そして、時代を経て、国々が貿易により交流が深まると、世界中で通貨システムが統一されていったのです。

現代の世界の国々で共通する通貨システムといえば、「紙幣とコイン」です。
どこの国も高額通貨には、「紙幣」を用い、低額通貨に「コイン」を用いていますが、 主役は何といっても「紙幣」です。

そして、この現在につながる紙幣による通貨システムは、中世ヨーロッパに起源をもちます。

紙幣が発明される以前のヨーロッパ諸国では、各国の国王や支配者が金・銀・銅でできた延べ棒やコインを発行し、国民はそれらで商取引をしていました。

中でも価値の高い「 金」は、柔らかいためにすり減ったり、盗まれる危険性があるために人々は丈夫な金庫を持った金庫番(当時の金細工職人や両替商)に自分の「金」を預けました。

そして、「金」を預けた代わりにその証明書として預り証を受け取ります。

そして後に、この「金」の預り証が、紙幣になっていくのです。

人々は、自分の「金」が必要な時に預り証を持って、金庫番の所に引き取りに行っていましたが、やがて、経済が発達してくると、商取引の際にいちいち金庫番のところに行くのが煩わしくなってきます。

そこで、人々は預り証でじかに取引をするようになります。預り証でモノを買ったり、モノを売ったときに預り証を受け取ったり……。

このように元々は、「金」の預り証であった「紙」が通貨としての機能を持ち始めたのです。

街の人々は、預り証で取引をするのが、あまりにも便利なため、ますます多くの預り証が市場に出回ります。こうして、預り証は人々の信用を得て、金庫番のところには、誰も自分の「金」を引き取りに行かなくなります。

その結果、自然と金庫番は、有り余るほどの「金」を手にするようになったのです。
そこで、金庫番は、はたと気づきます。

「ちょっと、待てよ。人々が一度に全ての金を引き取りに来ることはない。だから、預り証を勝手に発行してもばれないぞ!」

こうして元々は、「金」を預かる代わりに渡していた預り証。金庫番は、これを「金」を預けていない人にも発行し、利子をつけて貸すようになりました。これが銀行の始まりです。

 

その後、金庫番は一般市民に貸すより、国王に貸付するほうがはるかに儲かることに気がつきます。戦争のたびに、各国の国王は多額のお金が必要なため、銀行家に借りるようになりました。
戦争は、銀行家にとって一番うまみのあることでした。

もし国王が戦争に負けて借金を返せなくても、借金の担保である国王の財産・土地・建物・税金が銀行家のものになるからです。

こうして、戦争のたびに財産を増やし、力をつけた銀行家は、やがて王族と血縁を結び、いつのまにか貴族になっていったのです!

貴族となった銀行家は、さらに大きな権力をもち、手持ちの「金」よりずっと多くの紙幣を発行する権利を国王に認めてもらいます。

つまり、何の価値の裏づけもない紙切れに価値をつけて、人々にどんどん貸し出す権利を手に入れたわけです。

ただの「紙切れ」を貸す代わりに、人々からは家、お店、車、貴金属、宝石、家畜など価値のあるものなら何でも担保に取っていきます。それらは全て銀行家の財産になっていきます。

これが現在でも行われている「紙幣」と「銀行」の仕組みです。

この「お金の仕組み」がわかると、今の「世界の仕組み」と「本当の支配者」が理解できます。

そして、この現実の世界で、「紙切れの貸付、利子と担保の取り上げ」によって、世界中の富を手中に収めている代表的な銀行家が、「ロスチャイルド家」です。

ロスチャイルド家のことを簡単に説明します。

中世ヨーロッパの銀行家の中でも国王より、はるかに大きな権力を手に入れたロスチャイルド一族。初代マイヤー・アムシェルは1764年、ドイツでロスチャイルド商会を創設します。1800年代に入ると5人の息子をヨーロッパ諸国に派遣し、各国で銀行を創設させます。

固い結束で結ばれた5人の兄弟は、ヨーロッパ中を特製の二重底の馬車と高速艇で行き来し、世界一素早い情報のネットワークを確立し、現在の国際銀行の基礎を築き、ヨーロッパの金融を支配します。

 

中でも注目すべきは、イギリスに渡った三男のネイサン・ロスチャイルド。
彼は、1810年にロンドン証券取引所の支配者となり、「世界一の金融王」として君臨。
ヨーロッパ中の同盟国を相手に貸付をするまでになります。
さらに驚くことに、その5年後の1815年、イギリス連合軍とナポレオン率いるフランス軍との戦いに出資して、当時の財産300万ドルをさらに2500倍の75億ドルに一気に増やします。
戦果の情報をいち早く手に入れたネイサンは、他の投資家を出し抜き、一人勝ちしたのです。

これで、ほとんどのイギリスの大金持ちや名家を破産させ、ヨーロッパの金融を独占し、今のロスチャイルド財閥の世界支配の礎を築きました。

わずか100万円持っていただけでも2500倍したら、25億円にもなります。すでに世界一の金融王が、その財産をさらに2500倍に殖やしたのですから……。

今の金額で、想像もつかないくらいですが、いずれにせよ、彼はロスチャイルド財閥の礎を築いただけでなく、今に続く一族の世界支配権を確実なものにしたことは間違いありません。

つまり、世界の未来は、200年前のこのときすでに決まっていたのかもしれません。

有り余る富を手にしたロスチャイルド一族は世界最大の財閥を形成し、自分たちの強力な代理人であるJ・P・モルガンとJ・シフを支援し、アメリカに巨大なモルガン財閥、シフ財閥を形成します。さらに彼らから支援を受けたJ・D・ロックフェラーは石油王、ハリマンは鉄道王となり、それぞれ巨大財閥を形成します。

なかでも注目すべきは、J・D・ロックフェラー。彼は1882年にはアメリカの石油をほぼ独占して、そこを元手にアメリカ最大の財閥を築きあげました。

ここで大事なのは……

ヨーロッパを代表するロスチャイルド財閥とアメリカを代表するロックフェラー財閥。
世界の2大財閥です。

彼らについてよく知る専門家・研究家によれば、

「今は、力を増したアメリカのロックフェラーが世界を支配している」

「いや、今でも世界を実質、支配しているのは本家のロスチャイルドだ」

「彼らはいま敵対している」

「いや、本当は上の方で、手を組んで世界を支配している」

など諸説ありますが、いずれにせよ、世界のすべてが、彼ら世界の2大財閥の意向で動いていることは変わりません。さて、話はロスチャイルド家に戻りますが、彼らの持つ権力の中で一番大きな力が「お金を発行する権利」です。

みなさんは、「お金」は国が作っているもので、国の持ち物だと思っているかもしれません。

しかし、実際は、このお金を刷る権利は政府のものでは ありません 。
ロスチャイルド一族のものなのです。

先ほどの絵で説明した「中世ヨーロッパのお金の歴史」は作り話ではなく今も続いている現実です。 国には、中央銀行があります。中央銀行は国の通貨を発行し、利子をつけて政府に貸し付けます。

ロスチャイルド一族は、1815年にイングランド銀行を支配下に置き、1913年には、アメリカ連邦準備制度(FRB)、つまりアメリカの中央銀行をその支配下に置いています。

世界の基軸通貨ドルを発行する権利は、ロスチャイルド一族のもの(一部ロックフェラー家・モルガン家が所有)であり、アメリカ政府のものではありません。

これほど大きな力を持つロスチャイルド一族ですから、もちろん日本も大きな影響を受けています。日本の中央銀行である日本銀行は、持ち株の55%は政府が所有することになっていますが、残りの45%の株式の所有者は非公開となっています。うちロスチャイルド家が20%から40%(それ以上という説もある)は所有していると推測されます。

わかりやすく見るとこうなります。

ロスチャイルド一族は、国の中枢である中央銀行を所有し、そこからお金を発行し、政府に貸し付けて支配します。旧約聖書にこのような言葉があります。 

−借りるものは貸すものの奴隷となる−

2012年4月21日土曜日

楽天市場案内


写真 商品名 価格
暖炉 電気式 【送料無料】マザーズビンヤード 18inch lineマホガニーディンプレックス DIMPLEX ロイド LLOYD mather's vinyard mahogany 暖炉 暖炉棚 電気 電気式 電気暖炉 電機暖炉

サイズ  幅 96.5cm 奥行 33cm 高さ 88.9cm         材質/色  暖炉棚:Mahogany      詳細はお気軽にお問合せ下さい。
→interio商品説明  家庭用コンセントに接続して、お使い頂けます。
  出力 100V/1000W  LED電球使用 送料  送料 込み(北海道、沖縄、離島、一部の地域は除き ます。)
注意  モニターの発色の具合によって 実際のものと色が異 なる場合があります。
 中部ルーバーより、温風は出ますが、お部屋を暖 めるほどの出力がありません。
あくまでも補助的 な暖房としての御使用になる事をご了承くださ い。
 暖炉メーカの本社はアメリカに在りますが、一部商品 は中国で生産されています。
備考  この商品は宅急便による玄関渡しとなります。
 一部組立式  延長コードのご使用はお勧めしませんが、もし必要な 場合は業務用の1875ワット以上使用可(エアコン取 付用の延長コード)のものをお近くの電器店にご相談 の上お取り付け下さい。
それ以下の延長コードは、コ ードが熱を持ち過ぎて火災の恐れがありますのでご 使用にならないで下さい。
 通常のご使用条件で部品やパーツに不具合が生じた 場合は、1年間無償で修理させて頂きます。
但し、取 り外しや販売店までの輸送コストはお客様負担でお 願い致します。
但し、ユーザー様が不適当な条件でご 使用された場合の保証は致しかねます。
また、衝撃、 改造、操作ミス等による破損の場合は、保証の対象 外となります。
保証期間を過ぎている場合には、修理 により使用できる場合には、お� �様のご要望により有 料修理いたします。
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 本物のようにゆらぐ炎。
暖房器具の機能を超えて、やすらぎと憩いの空間を演出します。
      中世ヨーロッパで発展した暖炉は、16世紀頃から暖を採り肉を焼く道具から家の中で最も重要なインテリアになりました。
そして家具や建築装飾と同じようにゴシック様式ルネッサンス様式、ロココ様式の影響を受けてデザインが変化してきました。
特に17世紀のルネッサンス後期から貴族や裕福な人々は暖炉を豪華なインテリアとしてデザインを競い合い、18世紀に入るとヴィクトリア様式の影響を受けながら、家族団らんのシンボルとして様々なデザインを取り入れていきます。
そして19世紀後半には、イギリスで生まれたアーツ&クラフト運動の流れを受けて暖炉も直線的で機能美を生かしたデザインのものが生まれました。
        電気式暖炉は通常の暖炉と違い通気孔を開けるなどの工事は一切必要ありません。
炎は本物のようにゆらぎ、調光機能により、炎をより効果的に見せることで、ロマンチックな炎を演出します。
暖炉床には精巧に作られた薪が配置されています。
電気式のため家庭式のコンセントに繋ぐだけで使用できるという利便性から毎年100%の市場の伸びを造り出しております。
暖炉を使用する生活習慣の定着していない日本ですでに6000台以上の出荷実績を積んでおります。
また常時在庫も800台以上と種類も豊富で、お客様のニーズに合わせた様々なデザイン、カラー、サイズをご自由にお選び頂けます。
アフターメンテナンス体制も万全で、万が一の故障の際の交換用パーツも多数在庫しております。
参考写真 家庭用コンセント式です。
電気式暖炉は、一般的な蒔きの暖炉やガス式の暖炉と違って複雑な設置工事などが無く、家庭式のコンセントに繋ぐだけで使用できるという便利さです。
暖炉があると、温かみや高級感が増し、お部屋のインテリアが非常に円熟になります。
電気式暖炉は通常の暖炉と違い通気孔を開けるなどの工事は一切必要ありません。
炎は本物のようにゆらぎ、調光機能により、炎をより効果的に見せることで、ロマンチックな炎を演出します。
暖炉床には精巧に作られた薪が配置されています。
!!         インテリアセンター西岡 自慢の製品です。
【基本的には電気式暖炉は数品、弊店にて展示していますが。
本商品はカタログでの販売となります。
ご来店の際はお電話かメールにて事前にご確認頂ければ幸いです。
】 → interio     参考写真

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配送日 受注後約4週間で出荷 (受注生産品) 配送ランク 送料無料対象商品(開梱設置・資材回収致します)※沖縄県、離島は対象外となりますのでご了承ください。
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サイズ  幅 101.8cm 奥行 35.2cm 高さ 99.7cm 材質/色  暖炉棚 : 木 バーニッシュドウォールナット色 詳細はお気軽にお問合せ下さい。
→interio商品説明  家庭用コンセントに接続して、お使い頂けます。
 出力 100V/1000W   送料  送料 込み(北海道、沖縄、離島、一部の地域は除き ます。)
注意  モニターの発色の具合によって実際のものと色が異 なる場合があります。
 中部ルーバーより、温風は出ますが、お部屋を暖 めるほどの出力がありません。
あくまでも補助的 な暖房としての御使用になる事をご了承くださ い。
 暖炉メーカの本社はカナダに在りますが、一部商品は 中国で生産されています。
備考  この商品は宅急便による玄関渡しとなります。
 組立は、同封の説明書により、お客様にてお願い します。
 室内への、搬入、設置をご希望の際は別途お見積も りさせて頂きます。
 延長コードのご使用はお勧めしませんが、もし必要な 場合は業務用の1875ワット以上使用可(エアコン取 付用の延長コード)のものをお近くの電器店にご相談 の上お取り付け下さい。
それ以下の延長コードは、コ ードが熱を持ち過ぎて火災の恐れがありますのでご 使用にならないで下さい。
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 本物のようにゆらぐ炎。
暖房器具の機能を超えて、やすらぎと憩いの空間を演出します。
      中世ヨーロッパで発展した暖炉は、16世紀頃から暖を採り肉を焼く道具から家の中で最も重要なインテリアになりました。
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特に17世紀のルネッサンス後期から貴族や裕福な人々は暖炉を豪華なインテリアとしてデザインを競い合い、18世紀に入るとヴィクトリア様式の影響を受けながら、家族団らんのシンボルとして様々なデザインを取り入れていきます。
そして19世紀後半には、イギリスで生まれたアーツ&クラフト運動の流れを受けて暖炉も直線的で機能美を生かしたデザインのものが生まれました。
        ディンプレックスノースアメリカ社はナイアガラの滝で有名なカナダ・トロント近郊にある世界有数の手作り電気暖房機器メーカーです。
高いインテリア性と実用性を誇る電気式暖炉と電気式薪ストーブは1996年に北米で販売が開始されました。
カナダでは環境問題から薪を燃やすストーブの使用が制限されている地域が増えている影響と電気式のため家庭式のコンセントに繋ぐだけで使用できるという利便性から毎年100%の市場の伸びを造り出しております。
日本では1999年から輸入販売が開始され、暖炉を使用する生活習慣の定着していない日本ですでに6000台以上の出荷実績を積んでおります。
また常時在庫も800台以上と種類も豊富で、お客様のニーズに合わせた様々なデザイン、カラー、サイズをご自由にお選び頂けま� �。
安全対策(PSEマーク取得済み)やアフターメンテナンス体制も万全で、万が一の故障の際の交換用パーツも多数在庫しております。
参考写真 家庭用コンセント式です。
●リモコン付き●温度調節機能付き  組み立て参考図面